ディーノ・ブッツァーティ『六十物語』既訳・未訳リスト

はじめに
イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティ(Dino Buzzuati, 1906-1972)は、日常風景の中にある些細な不安を煽り、読者の現実認識を揺るがす独特な作風の短編小説が特に有名です。イタリアの大手新聞『コリエーレ・デッラ・セーラ』でジャーナリストとして長年働いていた経験から、簡潔な文体を得意としています。ブッツァーティはまた、自分の本業は画家で作家やジャーナリストの仕事のほうが趣味だった(※1)と書き残しており、そのイラストレーターとしての才能は絵物語『シチリア島を征服したクマ王国の物語』(La famosa invasione degli orsi in Sicilia, 1945年)などで存分に発揮されています。

ブッツァーティは生涯で、以下8冊の短編集を出版しました(他に、『タタール人の砂漠』、『ある愛』などの長編があります)。

『七人の使者』I sette messaggeri 1942年
『スカラ座の恐怖』Paura alla Scala 1949年
『ちょうどその時』(エッセイ+短編集) In quel preciso momento 1950年
『バリヴェルナ荘の崩壊』Il crollo della Baliverna 1954年
『六十物語』Sessanta racconti 1958年
『コロンブレ ほか五十篇』Il colombre e altri cinquanta racconti 1966年
『ミステリーのブティック』La boutique del mistero 1968年
『むずかしい夜』(文芸批評+短編集) Le notti difficili 1971年

『六十物語』は、出版された年にイタリア文学界の権威ある賞であるストレーガ賞を受賞しました(他に同賞を受賞した作家・作品として、ランペドゥーサ『山猫』(1959年)、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』(1981年)などがあります)。
『六十物語』はその名の通り、全部で60の短編を収録しています(過去の短編集からの再録+1953〜56年に『コリエーレ・デッラ・セーラ』紙などに掲載された短編)。
正確には、下記のリストにおいて
1〜9番の作品は、『七人の使者』、
10〜18番は、『スカラ座の恐怖』、
19〜36番は、『バリヴェルナ荘の崩壊』 がそれぞれ初出となっています(※2)。

『六十物語』イタリア語版裏表紙には、次のような紹介文が掲げられています(※3)。

Riuniti in raccolta dallo stesso Buzzati nel1958, i Sessanta racconti costituiscono una vera “summa” del mondo poetico dello scrittore. In essi si trova rappresentata l’intera gamma dei suoi motivi ispiratori, dalla visione surreale della vita all’orrore per la città, dagli automatismi esistenziali introdotti dall’uomo tecnologico alla suggestione metafisica, in una girandola di narrazioni che riescono sempre a sorprendere le aspettative del lettore. Il taglio strutturale del racconto ben si presta all’abilità narrativa di Buzzati che, vero mago della composizione breve, spaziando tra meraviglioso, favoloso e immaginario traduce in gioco, tragedia o mistero le situazioni che possono apparire più banali o scontate.

(筆者訳)ブッツァーティ自身によって1958年に再編集された『六十物語』は、この作家の詩的世界のまさに「大系」をなしている。この物語群を読んだ者は、作者が啓示を受けたモチーフがあらゆる色合いで表現されていることに気がつく。人生に関するシュルレアリスム的な幻覚から都市にまつわる恐怖、工業化した人類がもたらした実存の自動化から哲学的な示唆まで及ぶそれらのモチーフは、常に読者の予想を裏切る語り口に乗って、入れ替わり立ち替わり現れる。短編に特有の構造の省略は、ブッツァーティの語り手としての適性に良く合っている。彼はまさに掌編の構成の魔術師であり、素晴らしいもの、寓話的なもの、想像的なものの間を飛び回り、いかにも平凡で当たり前に見える情景を滑稽譚や悲劇、ミステリーに作り変えるのだ。

上記のような成立の経緯や紹介文にも現れているように、『六十物語』はブッツァーティの(特に前期の)作風を知るために格好の一冊と言えます。

『六十物語』収録の作品は日本語にも数多く翻訳されていますが、素朴な疑問として、60篇のうち何編が既訳で、どれが未訳なのかということが以前から気になっていました。折しも東宣出版から3巻シリーズの短編集(長野徹訳)が出版されるなど、ブッツァーティ熱が高まっているこの機会に調査を行いました。

※1 関口英子訳『神を見た犬』(光文社古典新訳文庫、2007年)の解説(p. 387)より。その他、本節を書くにあたっての事実確認のため、上記の関口氏の訳書や、長野徹訳『現代の地獄への旅: ブッツァーティ短編集2』(東宣出版、2018年)の巻末解説や年表を参照しています。

※2 Dino Buzzati, Sessanta Racconti, Mondadori社の2013年再版の巻頭但し書き(p. 2)より。

※3 上記書籍の裏表紙による。


『六十物語』既訳・未訳リスト

※2020年1月現在の情報です。新しい翻訳本が出た際などは、なるべく早く情報のアップデートを行います。
※「タイトル試訳」の列は、翻訳が出版されていない短編について、筆者が仮にタイトルを訳してみたものになります。各篇の本文を読めていないため、適切な訳となっていない可能性があります。参考までにご覧ください。
※リスト中の日本語訳短編集のタイトルは略称もあります。詳しい書誌情報はリストの下にあります。『六十物語』収録作品の掲載がないものも参考として掲げています。
※複数の短編集に収録されている短編については、出版年の新しい、入手のしやすいものの情報を優先しています。やむを得ず、現在では新品で手に入りにくい本の情報を掲載している部分もありますが、概ねお近くの公共図書館や古本市場で見つかると思われます。
※雑誌に翻訳が掲載されたものなどについては原則割愛し、本として出版されているものだけに絞って調査しました。雑誌掲載の作品については、ameqlist 翻訳作品集成 (Japanese Translation List) さんに詳しくまとまっています。

※htmlが上手く編集できないのですが、この画像の更に下の方にこの表のhtml版と、記事の続きがあります。スクロールしてご覧下さい。




































































番号イタリア語原題日本語訳タイトル収録書籍(手に入りやすいもの優先)タイトル試訳
1I sette messaggeri七人の使者七人の使者
2L’assalto al grande convoglio護送大隊襲撃/大護送隊襲撃神を見た犬/七人の使者
3Sette piani七階神を見た犬/七人の使者
4Ombra del sud南の影
5Eppure battono alla portaそれでも戸を叩く七人の使者
6Il mantelloマント七人の使者
7L’uccisione del drago竜退治七人の使者
8Una cosa che comincia per elleLで始まるもの七人の使者(河出)
9Vecchio facocero老いたイノシシ
10Paura alla Scalaスカラ座の恐怖偉大なる幻影
11Il borghese stregato魔法にかかった男魔法にかかった男
12Una goccia水滴七人の使者
13La canzone di guerra戦の歌神を見た犬
14Il re a Horm el-Hagarホルム・エル=ハガルを訪れた王怪物
15La fine del mondoこの世の終わり神を見た犬
16Qualche utile indicazione a due autentici gentiluomini (di cui uno deceduto per morte violenta)二人の正真正銘の紳士――そのうちのひとりは非業の死を遂げた――への有益な助言怪物
17Inviti superflui余った招待状
18Racconto di Nataleクリスマスの物語神を見た犬
19Il crollo della Balivernaバリヴェルナ荘の崩壊待っていたのは
20Il cane che ha visto Dio神を見た犬神を見た犬/七人の使者
21Qualcosa era succesoなにかが起こった七人の使者
22I topi待っていたのは
23Appuntamento con Einsteinアインシュタインとの約束神を見た犬
24Gil amici友だち待っていたのは
25I reziarii剣闘士魔法にかかった男
26All’idrogeno水素爆弾待っていたのは
27L’uomo che volle guarire病気を治したい男
2824 marzo 1958一九五八年三月二十四日怪物
29Le tentazioni di Sant’Antonio聖アントニウスの誘惑魔法にかかった男
30Il bambino tiranno小さな暴君神を見た犬
31Rigolettoリゴレット魔法にかかった男
32Il musicista invidioso嫉妬深い音楽家
33Notte d’inverno a Filadelfiaフィラデルフィアの冬の夜世紀の地獄めぐり
34La frana山崩れ七人の使者
35Non aspettavano altro待っていたのは待っていたのは
36Il disco si posò円盤が舞い下りた七人の使者
37L’inaugurazione della strada道路開通式七人の使者
38L’incantesimo della natura自然の魔力現代の地獄
39Le mura di Anagoorアナゴールの城壁待っていたのは
40Direttissimo急行列車七人の使者
41La città personale個人的な街
42Sciopero dei telefoni電話ストライキ
43La corsa dietro il vento風を追う競争
44Due pesi due misure不公平(直訳: 二つのおもり、二つの物差し)
45Le precauzioni inutili役に立たない用心
46Il tiranno malato病気になった暴君
47Il problema dei posteggi駐車場の問題
48Era proibito禁止されていたころ現代イタリア
49L’invincibile天下無敵怪物
50Una lettera d’amoreラブレター怪物
51Battaglia notturna alla Biennale di Veneziaヴェネツィア・ビエンナーレの夜の戦い現代の地獄
52Occhio per occhio目には目を現代の地獄
53Grandezza dell’uomo人間の偉大さ待っていたのは
54La parola proibita禁じられた話
55I Santi聖人たち/聖者たち神を見た犬/七人の使者
56Il critico d’arte美術評論家
57Una pallottola di carta紙つぶて
58La peste motoria自動車のペスト七人の使者
59La notizia知らせ
60La corazzata Tod戦艦《死》神を見た犬



ブッツァーティ邦訳短編集の書誌情報(訳者名五十音順)

『六十物語』の短編が収録されているもの
△夜の挿話 香川真澄訳『夜の挿話: ディーノ・ブッツァーティ作品集』(イタリア文藝叢書、2012年)
△世紀の地獄めぐり 香川真澄訳『世紀の地獄めぐり: ディーノ・ブッツァーティ作品集』(創林舎、2016年)
◎神を見た犬 関口英子訳『神を見た犬』(光文社古典新訳文庫、2007)
◎魔法にかかった男 長野徹訳『魔法にかかった男: ブッツァーティ短編集1』(東宣出版、2017年)
◎現代の地獄 長野徹訳『現代の地獄への旅: ブッツァーティ短編集2』(東宣出版、2018年)
◎怪物 長野徹訳『怪物: ブッツァーティ短編集3』(東宣出版、2020年)
〇現代イタリア 米川良夫編『現代イタリア短編選集』(白水社、1972)
〇偉大なる幻影 脇功・松谷健二訳『偉大なる幻影』(早川書房、1968年)
〇七人の使者(河出) 脇功訳『七人の使者: ブッツァーティ短編集』(河出書房新社、1972年・1990年再版)
  ※基本的に岩波文庫版と同内容だが、文庫化にあたり訳文に若干修正が入った。
 また、「Lで始まるもの」はこちらのみに収録。
〇待っていたのは 脇功訳『待っていたのは: 短編集』(河出書房新社、1992年)
◎七人の使者 脇功訳『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(岩波文庫、2013年)

それ以外
〇千種堅『階段の悪夢: 短編集』(図書新聞、1992)
 ※『むずかしい夜』収録作品の後半約二分の一を翻訳したもの。
〇大久保憲子訳『石の幻影: 短編集』(河出書房新社、1998年)

凡例
◎…新刊での購入が容易なもの(刊行後の年数に加え、Honto! ほか書店サイトでの流通状況を目安にしています。2020年1月現在の状況です)
〇…新刊での購入は難しいが、公共図書館や古本市場で発見できるもの
△…新刊、公共図書館、古本市場、いずれでも発見困難なもの。一般には流通がなかったようですが、国立国会図書館ほか国内数ヶ所の図書館に所蔵があります。

※リストの内容について、間違いに気づかれた方は、下のコメント欄で教えて頂けると嬉しいです。

おまけ: ブッツァーティの短編とイタリア語学習本
筆者は学生の頃にイタリア語のクラスを(一応)取っており、今でも細々と勉強を続けているのですが、最近使っている読解本(下の①)にもブッツァーティの短編が取り上げられています。
今回はおまけとして、ブッツァーティの作品を扱っているイタリア語読解の参考書について調べてみました。

『名作短編で学ぶイタリア語』(関口英子、白崎容子 ベレ出版、2014年)
→「何かが起こった」(Qualcosa era successo)が、難易度5段階のうちレベル4として登場します。初級レベルの文法は終わっていることが前提ですが、語釈もあり伊和対訳になっているので、かなり親切な本だと思います。マッシモ・ボンテンペッリ「奇跡の砂浜 あるいは 慎ましさの表彰(アミンタ)」や、ジョヴァンニ・パピーニ「自分を失くした男」など、幻想味の強い作品が多く取り上げられています。

『Piazza』(東京大学イタリア語教材編集委員会 東大出版会、2004年)
→「七人の使者」(I sette messaggeri) が、「笑いと幻想」の章に登場します。
Amazonのレビューなどでも結構書かれていますが、大学の授業向けに作られたテキストということもあり、全訳が付いていないのが独学者には辛いです。また、ダンテやボッカチオまで取り上げられるなどかなりハイレベルな教材です。

探してみた限りでは、この2冊くらいしかないようです。英独仏などの言語とは学習人口が違うので、こんなものかなとも思いますが、ブッツァーティの『シチリア島を征服したクマ王国の物語』あたりの対訳教材がもしあったら絶対買うのになあ…などと考えてしまいます。
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2020/01/26 (Sun) 17:19 |作家・作品紹介 |コメント(0)

アイルランド訪問記② ミース県、ダンセイニ城を訪ねる

前回の記事では、アイルランドの首都ダブリンでJ. S. レ・ファニュとブラム・ストーカーにまつわるスポットを訪ねました。
今回は、アイルランド幻想文学ゆかりの地巡りの第2回として、ロード・ダンセイニの暮らした城を訪問させていただいた際のことを紹介します。

▽はじめに: ロード・ダンセイニとその一族
ロード・ダンセイニはその本名をエドワード・ジョン・モートン・ドラックス・プランケット (
Edward John Moreton Drax Plunkett、1878-1957) といい、アイルランド、ミース県にあるダンセイニ城の18代城主(称号は男爵)だった人物です。ミース県はダブリン県の北隣で、首都ダブリンから車で1時間強かかります。

プランケット一族はかなり古くから続く家系で、15世紀にキリーン男爵家(Baron Killeen)から枝分かれするかたちで、ダンセイニ男爵家としての歴史が始まります。一族からは歴史に名を残す人物が多数輩出してきました。
例えば、キリーン男爵家の系譜に連なる聖オリヴァー・プランケット (St. Oliver Plunkett) は、17世紀に聖職者として活動した人物です。
この方は、当時のカトリック陰謀事件(※)に巻き込まれてロンドンで処刑され(イングランドにおいて殉教した最後のカトリック教徒となりました)、20世紀になって列福・列聖されました。アイルランド人が列聖されるのは実に700年ぶりだそうです。遺体の頭部は現在、アイルランド北東部のドロヘダ (Drogheda) という街の教会に安置されています。
他にも、農地改革で業績を挙げたホレス・プランケット(Horace Plunkett, 17代男爵の弟で、ロード・ダンセイニのおじに当たります)などが著名な親族に挙げられます。

※1678-1681年。清教徒革命後のイングランドで、カトリック勢力が国家転覆(具体的には国王チャールズ2世の暗殺)を企てているという陰謀論が流布し、集団ヒステリーの中で30人を超す無実のカトリック教徒が処刑された事件。

(この節の参考文献は下記の通りです。ウィキペディアが多くて恐縮です)

ダンセイニ男爵家(英語版ウィキペディア)
聖オリヴァー・プランケット(英語版ウィキペディア)
聖オリヴァー・プランケットについて(ドロヘダ、聖ペテロ教会)

このように長い歴史を誇るダンセイニ男爵家ですが、ダンセイニ城には現在でも一族の子孫の方が住まわれています。現在の当主は第21代ダンセイニ卿ランダル・プランケット(Randal Plunkett) で、ロード・ダンセイニのひ孫に当たります。この方は映画監督としても活動されています。

Randal Plunkett (SDGI : The Screen Director Guild of Ireland)

黒澤明も好きとのことで嬉しくなります。他にもお名前で検索すると、インタビュー記事などが見つかりますし、SNSでも活動されているようです。

またリサーチ中に偶然知ったのですが、現当主の弟君はアメリカのテレビ局のリアリティ・ショー Secret Princes の第2シーズンに出演したことがあるそうです。世界各国の名門の青年たちが正体を隠し、一般人のフリをしてアメリカで暮らし、働いたり恋人探しをしたりする…という内容の番組らしく、なかなか興味深いです(他の出演者はフィレンツェ・メディチ家やロシア・ロマノフ王朝の末裔などだそうで、説明を読んでいると何だかクラクラしてしまいます)。

Secret Princes Season 2: Four dashing new princes go undercover for lovers on TLC (Channel guide magazine)

▽ダンセイニ城訪問: 準備編
ダンセイニ城は、一族の方々の住まいとして使われ続けていることもあり、かなりクローズドな環境となっています(「観光地」とは呼びにくいです)。
“Dunsany Castle” などとWeb検索すると、下記の案内ページが見つかります。これを見た上でアポイントメントを取り、訪問するという流れです。

http://www.dunsany.com/

訪問可能なのは夏季の7-8月のみです。上記のサイトには特に書いてありませんが、私がアポ取りした際は午前と午後の1日2回からいずれかの回を選ぶ形でした。

英語でメールを書いて自力でアポ取りをする必要があるというハードルの高さから、恐らく訪問者はあまり多くないのではと思います…私が訪問した日も、私と同行者(英語があまり達者ではない私を大いにアシストしてくれました)の2名のみのツアーとなりました。

▽ダンセイニ城訪問: 当日編
ダンセイニ城のあるミース県には、バスを利用して行きました(アイルランドの交通事情については後述)。

バス情報

ダブリン市内のバスターミナルからバスに乗り、約1時間の移動です(109系統Dunshaughlin(読みは「ダンショーリン」)か109-B系統 Dunsany Villageで下車。Dunshaughlinからお城まではそれなりの距離があり、タクシーを利用しました)。

ダンセイニ城前。門柱にはプレートが。

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建物の外観です。写真では見えづらいですが、建築当時の小さな窓を潰して、後世に大きな窓を開け直した跡が壁面に残っていました。

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内部の様子について、ご一族の方々のプライバシーや防犯の問題もあるため残念ながらここでは詳しく書けませんが、美術品や書物など、ロード・ダンセイニと一族にまつわる貴重な品々を見ることができ、ゆっくりお話を伺える大変貴重な機会になりました。大体1時間程度のツアーでした。

▽近隣の観光地について
109系統のバスで更に北を目指す(つまり、ダブリンからの下りバスに乗り続ける)と、タラの丘(古代の遺跡で、丘の上に立つとアイルランド島の四分の三以上が見渡せるといいます)やケルズ(前回紹介した新約聖書の手彩色写本「ケルズの書」が完成した場所です)にも行くことができます。
なお、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』に登場する農園の名が「タラ」なのは、ヒロインの父がアイルランド系移民で、祖国を偲んでこの名を付けたという設定なのだそうです。

また、今回はバスで行きましたが、国際免許がある方はレンタカー利用が地方を観光するには便利だと思います。車は日本と同じく左側通行、ラウンドアバウト式の交差点が多いのが日本と違うところです。

▽おまけ: アイルランド交通事情
ダンセイニ城内部のことは詳しく書けないため、おまけとしてアイルランドの交通事情について少し書きたいと思います。
首都ダブリンはバス網が発達しているほか、路面電車(市街地を南北に走るグリーンラインと、東西に走るレッドラインの2系統)もあります。やや長距離の移動手段としては、ダブリン湾沿いを走る鉄道DART(ダート)が利用できます。これに乗ると、前回触れたブラム・ストーカーの生家があるクロンターフ、シーフードが有名な港町ホウスなどを訪問できます。
ホウスの丘からはダブリン湾が良く見えます。

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地方都市への移動は電車または長距離バスがメジャーな方法です。また、観光客向けのバスツアーも様々なものが提供されています。

リープカード(日本のSuicaやPASMOに相当)があると、公共交通機関の利用が便利になります。駅などで購入・チャージ(ちなみに charge ではなく top upという表現になっていました)できるほか、ダブリン空港では観光客向けの利用日数限定乗り放題タイプのカードが販売されています。

路面電車やDARTの場合は、日本と同じく、乗る駅と降りる駅にある機械にそれぞれカードをタッチします。
一方バスに乗るときは、乗り口の機械にリープカードをタッチするのみで、乗車区間に関わらず料金一定のため、降りるときはタッチが不要です。カードがない場合は乗車区間に応じた額を現金で払うのですが、運転手さんに行き先を告げ、言われた金額を投入する形式なので旅行者にはちょっと難易度高めです。お釣りは出ないので、小銭は多めに準備すると良いです(運転手さんは結構早口なので数字が聞き取れないことも…とはいえ現地の皆さんは本当に親切な方が多く、旅行客らしき人が困っていると色々助けてくれます。ありがたい…!)。

今回、ダブリンからミース県に行くのに使ったバスは事前の予約が特に必要なく、当日に市内のバスターミナルに行き、チケットを購入します。市街地の路線バスは2階建てですが、こちらは日本の観光バスと同じタイプの車体でした。
ダブリンと地方都市(西海岸のゴールウェイなど)を結ぶ高速バスも、複数の業者が運行しています。こちらは事前にWebで予約すると安心です(予約なしだと当日のキャンセル待ちになることがあるようです)。集合場所は業者によりまちまちですが、概ね市内中心部の道沿いにバス停がある場合が多いようでした。高速道路の両側は牧草地が多く、牛や羊の放牧もよく見かけます。高速道のかなり近くまで柵が迫っているので、家畜たちが脱走しないか見ていて心配になるのですが、まあ大丈夫なのでしょう。

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▽終わりに
前回と今回で、アイルランドの幻想文学ゆかりの地巡りシリーズは終わりです。
アイルランドゆかりの作家は、他にも小泉八雲など大勢いますし、それぞれの作家ゆかりの場所はダブリンを中心に多数あります。
今回のレポートではこの国の魅力のわずかな部分しか書けていませんが、これからアイルランドを訪れる誰かの参考になれば嬉しいです。

なお、小泉八雲について(そしてアイルランドでの暮らしのあれこれや世界中の八雲ゆかりの地について)は玄孫の方のブログに非常に詳しくまとまっています。有名な方なので今更紹介するまでもないかもしれませんが、おすすめです。
http://ayuko8.cloud/

次回以降の弊ブログ記事の内容については考え中です。今度はイタリアのディーノ・ブッツァーティのことを書きたいと思っています(が、更新時期は未定です)。よろしければこれからもよろしくお付き合いください。
2019/11/23 (Sat) 21:41 |未分類

アイルランド訪問記① ブラム・ストーカーとレ・ファニュゆかりの地を尋ねる


▽はじめに

今年の夏、アイルランドを旅行する機会に恵まれました。首都ダブリンを中心にいくつかのエリアを観光し、これからアイルランドを訪れる人におすすめしたい場所も数多くあるのですが、このブログではアイルランド出身の幻想文学作家ゆかりの地に焦点を絞って紹介していきたいと思います(その他、アイルランドの思い出はツイッターでぼちぼちに投稿する予定です。こちらもよろしければお願いします)。

アイルランド旅行編第1回は、ブラム・ストーカーとJ. S. レ・ファニュゆかりの地を紹介します。


▽アイルランド基本情報

面積: 約7万平方キロメートル(※アイルランド島全体では約8万4千平方キロメートルで、だいたい北海道と同じくらいです)

人口: 約600万人

日本との時差: 通常9時間、4月から10月はサマータイム適用で8時間時差になります。

言語: アイルランド語、英語。道路標識などは二言語表記ですが、英語だけで問題なく観光・生活できます。

宗教: 約8割がカトリック教徒

歴史: 詳しくは下記の書籍などを読んでいただくとよいと思います。比較的重要なポイントとしては、5世紀ころの聖パトリックの布教以降、カトリック教国としての伝統を受け継いできたこと、8~10世紀ころのヴァイキング襲来、群雄割拠の時代が長く続き、11世紀はじめのクロンターフの戦いでほぼ全島統一が達成されたものの間もなく瓦解し、イングランドのノルマン人の干渉が進んだこと、ヘンリー8世の時代以降に本格化にイングランドの植民地支配が始まり、支配者側(プロテスタント)と元々の住人であるカトリックの軋轢が強まったこと、19~20世紀にかけての民族意識の高まりと独立運動、などが挙げられます。

参考書:『物語 アイルランドの歴史』 (中公新書)

https://www.amazon.co.jp/%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E2%80%95%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E9%80%A3%E5%90%88%E3%81%AB%E8%B3%AD%E3%81%91%E3%82%8B%E2%80%9C%E5%A6%96%E7%B2%BE%E3%81%AE%E5%9B%BD%E2%80%9D-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%B3%A2%E5%A4%9A%E9%87%8E-%E8%A3%95%E9%80%A0/dp/4121012151


著名な人物(文学者): 今回触れる2人のほかに、ジョナサン・スウィフト、マチューリン(ゴシック小説の『放浪者メルモス』の作者で、オスカー・ワイルドの大おじでもあります)、ロード・ダンセイニ(アイルランド旅行編第2回で紹介する予定です)、オスカー・ワイルド、ジェイムズ・ジョイス、イェイツ、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)、サミュエル・ベケットなど、世界的に有名な小説家、詩人、劇作家を数多く輩出しています。

▽中心市街地: トリニティ・カレッジと旧図書館、キルデアストリート、メリオンスクエア

ダブリンは(東京などに比べると)非常にコンパクトな街で、中心市街地の名所は半日~一日ほど歩けば大体回れると思います。

市街地に位置する大学、トリニティ・カレッジ・ダブリンは、ブラム・ストーカーやレ・ファニュ、オスカー・ワイルドなどの母校です。1592年にイングランドのエリザベス1世により、プロテスタント家庭(つまり裕福な植民者達)の子弟むけの大学として創立されました(18世紀末にはカトリック信者も入学できるようになりました)。ジェイムズ・ジョイスらの母校であるユニヴァーシティ・カレッジ・ダブリン(こちらはもともと、カトリック家庭の子弟向けの大学でした)と合わせて、ダブリンの二大大学のような扱いをされることも多いです。


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そして、トリニティの最大の名所となっているのが、こちらの旧図書館(通称ロング・ルーム)です。


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現役の図書館ではないのですが、当時の閲覧室の見学ができるほか、「ケルズの書」(Book of Kells) が展示されています。

当日券の購入は待ち時間が長くなる場合が多いので、事前にwebでチケットを購入することをお勧めします(当日は受付の人にスマホ画面などでバーコードを見せて入場します)。入場料は大人14ユーロです。


1階はケルズの書の展示エリア(写真撮影禁止)です。ケルズの書は、8~9世紀ころに完成した新訳聖書の四大福音書の写本で、修道士の手彩色による飾り文字やイラストが随所に散りばめられています。このエリアでは実物を間近に鑑賞できるほか、ケルズの書やその他の聖書写本の有名なページの拡大写真と説明文パネルなどの展示も充実しています。

ケルズの書について、詳しくはこちらの本が参考になると思います→

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%81%AE%E6%9B%B8-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89-%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%B3/dp/4422230182


展示エリアを抜けると階段があり、そこを登ると旧閲覧室に出ます。洪水で本が水浸しにならないように、2階に書架と閲覧室を設けたそうです。


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奥行きの長さとアーチ型天井、壁面を埋め尽くす本は圧巻の眺めです。『スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』に登場するジェダイ図書館のモデルになったとも言われています。

https://news.nicovideo.jp/watch/nw4062447


廊下の反対側の階段を降りるとお土産スペースに出ます。トリニティのロゴグッズやケルズの書グッズを中心に、かなり豊富な品揃えです。


今回おすすめしたいのが、トリニティ出身の文筆家たちの肖像をあしらったこちらのシリーズです。私はファッジというお菓子の缶を買いました。



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右上から時計回りに、サミュエル・ベケット、ジョナサン・スウィフト、ブラム・ストーカー、オスカー・ワイルドの4人です。ポップな色遣いが印象的ですね。他にマグカップや鉛筆などがありました。残念ながら、レ・ファニュのグッズは見つからず…。


トリニティのキャンパスを出たら、次はキルデア・ストリートに進みます。ここは国会議事堂、国立図書館、国立考古学博物館が立ち並ぶ通りです。

図書館の斜め向いほどの位置に、ブラム・ストーカーの旧居があります(画質が悪くてごめんなさい…)。


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このように、著名人の旧居には、玄関のそばにプレートが掛かっていることが多く、分かりやすいです。


キルデアストリートをそのまま進み、左に折れて最初の大通りをトリニティ側に戻ると、メリオン・スクエアに出ます。公園を間に挟んで、19世紀ころの建物が東西に立ち並んでいます。


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このタイプのドアは「ジョージアン・ドア」と呼ばれ、ダブリンの街並みの見所になっています。

スクエアの南側、70番地にあるのがレ・ファニュの旧居です。現在は政府機関のオフィスとして使われているようです。


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他にもこの辺りは、イェイツやシュレディンガーなどの旧居があります。中でも有名なのは、北側の1番地にあるワイルドの生家でしょうか。


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公園の敷地内、生家と向かい合う位置にはワイルド像もあります。不敵な表情がユニークです。


▽ブラム・ストーカーゆかりの地: ダブリン城周辺エリア


トリニティやメリオンスクエアのある辺りから徒歩30分ほど、市街地の西のはずれにあるのがダブリン城です。もともとはヴァイキングの砦があった場所に建築され、数度の増改築を行いつつ、イギリスの植民政府、更にはダブリン市庁舎と時代につれて用途が変わっていった建物群です。現在ではメインの建物はミュージアムとなっています。入場料は大人8ユーロ(自由見学の場合)です。

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ストーカーは公務員として、1871年からロンドンに移住する1878年ころまでここで働いていたということです。


ダブリン城から徒歩5分ほど、セント・パトリック大聖堂のすぐ隣にあるのがマーシュ図書館です。

ここはアイルランド最古の公共図書館で、お隣の大聖堂のあるじだったマーシュ大司教が創立者です。

入場料は大人5ユーロでした。


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ストーカーが複数回訪れたことがあるゆかりの地となっており、建物もほぼ1707年の創立当時のままだそうです(説明スタッフの方には、「ようこそ18世紀へ!」と茶目っ気たっぷりに言われました)。ちなみに、幽霊が出るという噂が絶えないのだそうで…。

当時の来館記録や出納記録がかなり詳しく残っており、「ストーカーはここで何を読んだのか」というテーマで展示を行なっていました。素敵な図録も購入しました。


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この図書館の近くで、もう一つ面白いものを見つけました。

市内の路上にある機器類のボックスの多くは、地元のアーティストによる装飾が施されているのですが、『ドラキュラ』モチーフのものがあったのです。偶然とはいえ、嬉しい発見でした。


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▽今回は行けなかった場所

以上で、ダブリン市街地のブラム・ストーカーやレ・ファニュに関する名所めぐりは一通りできたことになるはずです(やはり知名度などの関係もあり、ストーカーが多めになってしまうのがやや残念です)。

今回は諸事情(事前リサーチの漏れと日程の都合など)により行けなかったのですが、こんな場所もあるそうです。


・セント・アン教会

ストーカーが妻のフィレンツェ・バルコム(オスカー・ワイルドの元恋人でもある)と結婚した教会です。建物内にストーカーの胸像があるそうです。

・クロンターフ周辺

ストーカーの生家とお墓が近くにあります。ダブリン中心市街からは電車で北方向へ30分ほどで行くことができます。近年、『ドラキュラ』をモチーフにしたアトラクションがオープンしたようです(末尾のリンク集参照)。


・レ・ファニュ通り、レ・ファニュ公園

文字通り、レ・ファニュの旧居があった場所で、後に故人を偲んでこの名が付けられたそうです。市街地の西、フェニックス・パークの近くにあります。


▽紹介した場所への行き方、マップ

今回紹介した場所のマップです。

【ダブリン中心市街地】


Dublinmap_central


①トリニティ・カレッジ・ダブリン

②キルデア・ストリート

③メリオンスクエア70番地(レ・ファニュ旧居)

④メリオンスクエア1番地(オスカー・ワイルド生家)

⑤ダブリン城

⑥マーシュ図書館

⑦『ドラキュラ』モチーフのボックス(正確に思い出せませんが、確かこの辺りだったはず)

⑧セント・アン教会


【広域】

Dublinmap_wide

⑨クロンターフ(ストーカー生家、『ドラキュラ』のアトラクション)

⑩レ・ファニュ通り、レ・ファニュ公園


▽リンク集

①トリニティ・カレッジ・ダブリン 旧図書館(ケルズの書)

https://www.tcd.ie/visitors/book-of-kells/


⑤ダブリン城

http://www.dublincastle.ie/


⑥マーシュ図書館

https://www.marshlibrary.ie/


⑨Bram Stoker’s CASTLE DRACULA experience

http://www.castledracula.ie/


ドラキュラの不死身の魅力(ireland.com)

https://www.ireland.com/ja-jp/%E8%A8%98%E4%BA%8B/draculas-undead-appeal/


Dracula’s Dublin: 10 terrifying tips for Bram Stoker’s city (independent.ie)

https://www.independent.ie/life/travel/ireland/draculas-dublin-10-terrifying-tips-for-bram-stokers-city-37460727.html


2019/10/19 (Sat) 13:29 |未分類

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2019/10/19 (Sat) 03:26 |その他

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